京都駅周辺の観光スポット
京都駅周辺の観光スポットを厳選して送ります。
京都駅周辺の観光スポット 西本願寺
浄土真宗本願寺派の本山。親鸞聖人の廟を東山大谷に建てたのが始まりで、1591年(天正19)豊臣秀吉の寄進により現在地に移った。1617年(元和3)の火災で諸堂を焼失したが、伏見城や聚楽第から秀吉ゆかりの建造物が移築されたとし、華麗な桃山文化を偲ばせる。御影堂[ごえいどう](重要文化財)には親鸞聖人の荼毘[だび]の灰を漆にまぜて塗ったと伝えられる坐像を安置するが、現在堂を修復中。天井や障壁画の絢爛な装飾で知られる書院(国宝)には203畳の対面所、虎渓[こけい]の庭(史跡・特別名勝)、1581年(天正9)建立の日本最古の能舞台(国宝)がある。
国宝
書院(対面所及び白書院)
北能舞台
黒書院及び伝廊2棟
飛雲閣
唐門
紙本墨画親鸞聖人像(鏡御影) 附絹本著色親鸞聖人像(安城御影)・ 絹本著色親鸞聖人像(安城御影副本)
観無量寿経註 - 親鸞筆
阿弥陀経註 - 親鸞筆
熊野懐紙(後鳥羽天皇宸翰以下十一通)附伏見宮貞敦親王御添状1巻、飛鳥井雅章添状1巻
三十六人家集37帖、附後奈良天皇宸翰女房奉書1幅
京都駅周辺の観光スポット 東寺
東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある、空海ゆかりの寺院である。宗教法人としての公称は教王護国寺(詳名は金光明四天王教王護国寺日秘密伝法院)。東寺真言宗・総本山。山号は八幡山、本尊は薬師如来。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。
このうち東寺は後に弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。
何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門、金堂、講堂、食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。なお、羅城門を挟んで対称的な位置にあった西寺は早い時期に衰退し、現在は京都市南区唐橋の児童公園内に「史跡西寺跡」の碑があり、付近に「西寺」の寺名のみを継いだ小寺院が残るのみである。
京都駅周辺の観光スポット 角屋もてなしの文化美術館
寛永18年(1641年)に創業された。揚屋としては明治5年(1872年)まで営業。 その後はお茶屋に編入され、昭和60年(1985年)まで「松の間」を宴会に使用。 現存する唯一の揚屋の遺構として昭和27年(1952年)国の重要文化財に指定され (ただし「松の間」のみは大正末期、火事により消失してしまい指定されていない)、 平成10年(1998年)より「角屋もてなしの文化美術館」として公開されている。江戸時代中期には島原でも俳諧が盛んになり当時の角屋当主は与謝蕪村を師として招いている。その蕪村がここに残した「紅白梅図」は国の重要文化財として当美術館に展示されている。
幕末には久坂玄瑞、西郷隆盛などの勤王の志士が密議を交わしたり、豪商からの資金調達のために接待に使用されていた。
また、新選組もここでの遊興を楽しんだ。特に芹沢鴨との関わり合いは深く、文久3年(1863年)6月ここで角屋での暴挙をはたらき、その際に出来た刀傷が今でも残っている。また、芹沢が殺害される直前にここで酒宴を開いている。
中には名物の「臥龍松」という枝の長い松が生えていたが枯れてしまい、現在は2代目にあたる。
京都駅周辺の観光スポット 京都タワー
京都タワー(きょうとタワー)は、京都駅烏丸中央口前に一際大きくそびえ立つ展望塔。京阪電気鉄道のグループ会社である京都タワー株式会社が運営している。台座となっている京都タワービルの高さを加えた全体の高さは131m。1964年12月28日開業。設計は建築家山田守。構造設計は京都大学工学部建築学教室による。タワーの独特な姿は、海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたもの。京都市内はもちろん、天気の良い日には大阪市内も望む事ができる。タワーを象ったキーホルダーなどが土産として売られている。また、京都タワーにはお天気カメラもあって、現在の京都市内の映像が映し出される。台座のビルにはホテルや名店街が入居する。地下3階には大浴場があり、京都駅に到着する夜行高速バスの利用客が多く利用している。
京都タワー株式会社はタワービル内の京都タワーホテルのほか、同アネックス(旧京都第3タワーホテル)、京都第2タワーホテルも運営している。
建設当初から、古都である京都にこのような建造物が必要なのか、賛否が分かれている。このためか、京都出身の監督による映画『ゴジラVSメカゴジラ』の劇中では、ゴジラの熱線によって破壊される演出が盛り込まれている。
京都タワーが、131mなのは建設当時の京都市の人口が131万人だったからである。 諸説として御所との海抜が同じだという意見もある。